特集「シリーズ・人材(財)教育」
《聞き手 染谷忠彦 女子栄養大学広報部長兼理事長付部長(学園政策担当)》
今回は、カルビー株式会社代表取締役社長・中田康雄氏にお話をうかがった。中田氏は今年6月に社長に就任したばかり。創業家以外から社長が誕生するのは初めてのこと。
カルビーは昭和24年に設立し、今では誰でも知る食品会社に急成長した。近年では、「総合的な学習の時間」の支援プログラムとして、小学校を対象におやつの正しい食べ方を説明するなど、食育活動にも力を入れている。(取材は11月25日)
染谷忠彦氏(以下敬称略)
現在、ゆとり教育などの影響で、以前よりも生徒、学生の学力が低くなっているといわれます。「食品」を扱う社会的責任の重い企業のトップとして、最近の若者に対し、どの程度の学力、どういった能力を求めていらっしゃいますか。
中田康雄氏(以下敬称略)
基本的には中学校卒業レベルの基礎学力を抑えておく必要があると思います。それをベースにして、自分の好きなことをきわめていくプロセスは、高校時代になるのではないでしょうか。そして、さらに大学で専門的なことを学んでいくことが理想です。
しかし、ベースにあるものを深めて、さらに掘り下げるというプロセスが、なかなか伴わない若者が多いように感じます。学んだはずの知識や技術を積み重ねていけない、自分のものにしていけないのではないでしょうか。
染谷
初等、中等、高等教育機関での教育内容がこれまでとは大きく異なってきています。それぞれの段階での積み残しが顕著です。
そうした中で、大学ではどのような力を身につけると、社会で活躍できるとお考えですか。
中田
昔は、「読み・書き・そろばん」ができて一人前になるという考え方がありました。現在、その「読み・書き・そろばん」が何に値するかと言うと、国語力、英語力、IT能力、問題解決能力なのではないかと思います。これらの力を系統的に大学で身につける教育を行っていただけると、どこに行っても通用するのではないでしょうか。これらの力、特に問題解決能力を高めるためにはトレーニングが必要です。若い頃にしっかりとしたトレーニングを行うことが、非常に大事なことではないかと思うのですね。
社員や就職希望の学生を見ていて思うのですが、理系大学出身の人はよくトレーニングされているなと感じます。理系学生の場合、毎日、タイトなスケジュールで実験を行っていますよね。卒業してから、大学で学んだことと直接関係のない仕事につくと、一見、無駄のように見えますけれども、考えて、継続して、ひとつの結果を出すということがトレーニングになっているのですよ。何事かを実現できるというプロセスを、経験することが強みになるわけです。文系の場合には、ゼミに入らない人もいると思いますが、ゼミがトレーニングの場になるのだと考えています。調べたり、発表したり、ディスカッションすることを通してトレーニングされるのです。トレーニングをきちんとされた人が、これからの日本を支えていくのではないかと思います。
染谷
目的意識を持っている学生と持っていない学生では、随分差が出るということを大学では感じています。目的意識を持っている学生は、トレーニングできる土台ができています。ですから、高校生には「途中で変わってもいいから、早いうちから目的をもったほうがいい」と言っています。
中田
会社でももちろん、目的意識を持っているかどうかということは重要になってきます。会社に入ってから、一体何がやりたいのかということですよね。
今、若くして起業する人が多いのですが、成功するかどうかは、目的意識をもっているかどうかです。なぜ起業したいのか、お金持ちになりたいのなら、そのお金の使い道は何かをきちんと答えられるかどうかで、成功するかどうかの目利きができるのだと思います。
中田
目的意識以外に、採用する際に重要視するポイントはどのようなことでしょうか。
中田
「異能」を持っているかどうかですね。「異能」とは、人とは異なるすぐれた能力、つまりは特異な能力だと思います。その「異能」を発見して良い成果がでるように伸ばしていきたいと考えています。カルビーはメーカーですから、新しい商品をつぎつぎと提案し、会社全体が成長していかなければならない。商品を開発するのには、ひとつのプロセスがあり、それを踏んでいけば、そこそこのモノはできるでしょうけど、つまらないものしかできないでしょうね。普通のプロセスから踏み出して、ちょっと違った発想ができることが重要となるのです。
「異能」を持った人を見極めるのは難しいのですが、一つ言えるのは何かに打ち込んだことがある人は「異能」を発揮できる可能性が高く、総じて「強い」と言えますね。
染谷
一つのことに打ち込むことで個性が磨かれるのですね。みんなが平均になるようなこれまでの教育システムは、個性の芽を潰している面があるかもしれません。
大学でも、AO入試や自己推薦入試などでは得意なこと、打ち込んだことを確認し、その発展性を見出そうとしています。もちろん、一つのことが得意なだけでは学問はきわめていけません。けれども、多くの学生は自分の好きなことをやるために、あまり得意ではない分野も頑張って勉強しています。
中田
大きな穴を掘るためには、深い穴を掘りなさいと言われていますが、まさにそうですね。
一つのことに真剣に打ち込むことで、その周辺にも興味がわいて、深めつつ広げて、最終的には応用することができるのだと思います。こういったことを大学で経験し、社会に向かっていってほしいですね。
染谷
各大学は生き残るためにいろいろな改革をしています。この競争の時代、大学で何かを連携しようとしてもなかなか難しいのです。そんな時、今一番重要視されている学生支援の出口の部分に共同センター設置を提案されることは、特に地方の大学にとって有意義なことと考えられますね。
中田
各地の大学を回っていて感じたことは、一昨年の法人化を機に、国立大学は随分変わったということです。とくに、地方の国立大学が急速に改革を始めました。就職に関して言えば、就職課がなかった大学も次々と作りはじめました。けれどもまだまだ、考え方が変わらずに、このままではつぶれても仕方ない、という施策しかとっていない大学も多く見られます。企業はアウトソーシングがどんどん進んでいますが、大学が一番遅れていますね。